先代の牡のラブラドールにこの問題が起こったのは生後11カ月頃だった。突然、痛がって歩けなくなってしまった。当時はアメリカに住んでいて、定期的に獣医師に通っていても判らなかった。
レントゲンを撮ると大腿骨を支える腰のソケットがほとんど無かった。安楽死も選択のひとつと言われてしまい、外科的な手術しか選択肢が無かった。

早速、設備が整った大きな動物病院を紹介して貰い、3人の獣医師と会った。手術の方法、リハビリについて説明を受ける。ふたつの手術があり、“スリング”と呼ばれる大腿骨の丸い部分を切断し、神経があたる痛みを取り除き、筋肉で支える方法。もうひとつは人口股関節を移植する “トータルヒップ・リプレースメント”、大腿骨を切断し骨にスティールを埋め人工骨を形成し、腰にプラスチックのソケットを埋め込んでジョイントする。
手術を担当する獣医師たちからのレポートをもとに、最終的にはかかリ付けの獣医師に相談した。スリングの場合は歩様にぎこちなさが残るというので、人口股関節を選択した。

もう一度手術をする獣医師3人と会って具体的な説明を受け、万が一の場合にも責任を追求しない旨の書類にサインをする。成功率は90%と伝えられる。
手術後、5日間ほどで退院した。電話で手術は成功したと連絡は受けていたが、毛を剃られ手術後が生々しい右下半身は見ていて痛々しかった。
3カ月は絶対走らせない、足に負担を掛けないこと。特に1カ月は安静が必要で、3カ月後には元の生活に戻れると伝えられるが、当時の3カ月はとても長く感じられた。
狭い部屋に入れておくか、勝手に動かない様に繋いでおかなければならない。幸いクレートに慣れていたので、最初の1カ月は薬を飲ませてほとんどの時間をクレートで過ごさせた。朝夕は必ずリードを付けて私がゆっくり歩かせて、昼は妻が庭でトイレを済ませる。2ヶ月以降は薬も止め朝、昼、夜の散歩の距離も伸ばしていった。リハビリを兼ねた散歩と食事以外は基本的にはクレートに入れていた。

3カ月は当初の心配にも関わらず、なんとか順調に経過し、やっと走らせる事も出来る元の生活に戻る許可が下りた(手術後1カ月と3カ月にレントゲンを撮った)。
犬が一番辛かったと思うが、飼い主にとっても気が休まらないリハビリ期間であった。犬も理解していた様子で、走りたい欲求を自ら押さえていたと思う。
幸運だったのは、この時期にアメリカに住んでいて犬の医療費が安かった事と、私が接した獣医さん達は本当のプロフェッショナルで信頼できた事だった。

4才の時に日本に連れて帰ってきた。7、8才の頃から手術した足を多少内股気味に歩くようになっていた。疲れてくると時々足を引きづる時がある。そんな時は、少し休ませてからゆっくり歩かせ家に帰る。犬の様子をみながら散歩をするのが習慣となっていた。短時間だが、テニスボールを全力で追いかけたり、並足ではあるが自転車で引き運動もした。
晩年は後脚がめっきり弱くなり、よろける様になってしまったのでレントゲンを撮った。獣医さんの解説によると、手術した関節はしっかりしているが、長年負担を掛けていた逆の後足の関節がゴムの様に柔らかくなってしまっているそうだ。一番は年齢的な問題だが、去勢手術を受けてから太らせてしまった…。減量をしながら軟骨を形成するサプリメントを与え、足腰を弱らせない様にゆっくり散歩をした。

最後は歩けなくなってしまったが、執刀した獣医師が言った「12、3才で寿命が尽きるまで、人工股関節は持つだろう」との言葉は本当だった。
(レントゲンが見つかったらこのページに載せたいと思ってます)
こうして11年間HDと付き合った。プールで泳いだ後、濡れたタイルで足を滑らせて大騒ぎをしたり、何かと心配事は続いた。
それでも悪い事ばかりではなかった。HDが発覚して以来、この犬とは大変な時期を共有した連帯感があり強い絆(信頼関係)で結ばれていたと思う。
そしてこの子がラブラドール・レトリバーの素晴らしさを教えてくれた。